2012年5月22日(火)
意外な故障
浴槽に湯を入れようとしたら電源が切れていました。給湯器の室外機のブレーカーが落ちていることが判りました。どこか漏電したらしい。
販売店の手配でメーカーから昼ごろ修理に来られました。
なんと原因はヘビでした。室外機は大きいのと小さいのと2つあって、大きい方は背の高さより高く、縦横は畳半畳ほどはあります。中にタンクが入っていて湯を貯めて給湯をコントロールしている。小さい方はエアコンの室外機と同じくらいで、電流をコントロールしてお湯を作っている。ここが給湯器の心臓部です。この小さな室外機の狭い入り組んだ空間にヘビが巣くっていたのです。脱皮までしている。メーカーから来た技術屋さんは驚いて、部屋にいるカレエダに言いに来ました。メーカーから来た技術屋さんはヘビを引っぱり出す技術は持っていないだろう。もちろんカレエダにもない。困ったなと思いながら外に出て、パネルを取り外されて裸になった室外機を覗き込んだ。ヘビは見えない。隙間にスルスルと潜り込んだと言う。
「これがヘビの糞で漏電の原因だと思います」黒褐色のコールタールのようなものが結節点にこびり付いている。
「よくヘビの糞だと分かりますね。よくあることですか」
「いいえ初めてです。ヤモリやゴキブリはありますがヘビは初めてです。いやあ驚きました。蓋を外したらヘビが居たので・・・」20年この仕事をしているが初めてだそうです。
技術屋さんが言いました。
「どうしますか。引っぱり出して殺すのは可哀想だし…畑に放しましょうか。まだ小さい。このくらいです」と、両手で40cmくらいの長さを示しました。茶色のきれいなヘビでマムシではないと言う。「マムシなら見ればすぐわかります」
「そうですね。畑に逃がしてください」でも肝心のヘビはどこに潜っているのかわからない。その人、「ヘビは気持ち悪いですね」と言いながらも慣れている感じがした。怖がっていない。
「あなたは言葉が少し違うようだけど どこの出身ですか」
「沖縄です」
「道理で慣れていますね。昔、うちにホームステイしていたイギリス人女性はそこの山道でヘビが這っているのを見て、けたたましい悲鳴をあげました。イギリスは寒い国で爬虫類はいないそうで、生きているヘビを見たのは初めてだったそうです。その点、沖縄は、たくさんいるでしょう」
「ええ、ハブがいます。そのほか いろいろ居ます」
「沖縄はどこですか」
「石垣島です。日本で一番南の島です」
「石垣島ですか。聞いただけでたくさん居そうな感じです。台湾に近いでしょう。何kmくらいですか」
「10kmくらいです。以前は日本の放送はNHKだけしか映らなかったのですが、台湾の放送が幾つも映りました」
「じゃ台湾の文化圏ですね」
「台湾の人がたくさんいます。終戦になって帰った人もいますが、残って帰化した人もたくさんいます。学校ではクラスに二、三人はいました」
「10kmしか離れていなければ人間の行き来があるのが自然ですね」
などと話している間も その人、室外機の中を掃除している。
「この辺りの隙間にスルスルっと入って行ったが見当たらんですね。どこに行ったのでしょうか」
「もうおそらくこの中には居らんですよ。ヘビは人間の気配がするとすぐ居なくなります。カタカタ音たてて修理しよるから もうとっくにどこかに逃げとるでしょう。明日から毎日一回は竹でカタカタ、カタカタ叩きます。音がするとヘビは寄りつかんのじゃなかろうか」
今までは、ここには誰も来ないし暖かいしヘビにとっては極楽だったのでしょう。
大きな室外機も点検。
パネルを外したら、
「あ、これはヤモリもいますね。これはヤモリの糞です」
「よくわかりますね」
「ヤモリとゴキブリは偶には居ますので糞でわかります」
結局、基盤をとり変えねばならんようなので明日の10時までにはまた来ますとのことでした。
淡々と過ぎる日々の中で、ちょっとした出来事でした。
今、きのうの技術屋さんが来てパネルを外したらまだ中にヘビが見えた。カレハにも尻尾が見えたと言っています。
カレハがネズミ退治の煙を焚いて いぶり出しています。うまくいきますかどうか。(5/22朝9:45)
うまくいかなかったようです。
今、ヘビ退治の薬を買いにカレハが薬局に行きました。室外機の下に置いておけばにおいを嫌がってヘビは寄り付かないだろうとの考えです。(朝10:35)
基盤を取り出したら、その中に入っていたので、その人、ハエバラさん、畑に逃がしてやりました。(11;03)
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カレエダ
: 2012年5月22日(火) 11:02
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2012年5月21日(月)
原始の感覚 2 「毛嫌い」
一般に、鳥や獣はメスがオスを選びます。したがってオスは、美しい羽や美しい毛並みや美しい鳴き声などでアピールします。だからオスのほうが見かけがいい。体も大きく毛並みもいい。鳥のトサカも牛や鹿の角もオスの方が大きい。獣のタテガミもオスだけのもの。美しく強いオスだけが子孫を遺してきた結果です。
馬などのメスは、毛の色、艶、模様、毛並みなど毛によってオスを選び、時には厳しくオスを拒否するそうです。これが「毛嫌い」です。
メスは何故毛でオスを選ぶのか。毛の色艶が美しいのは健康であることを示しています。毛並みや模様が左右対称で均整がとれていることは遺伝子的に優れていることを示しています。(人間も含めて動物は左右対称になっています)毛の色艶が悪く、毛並みが偏っていたり乱れているオスは「毛嫌い」されるのです。優れた遺伝子を遺すための自然の仕組みです。
この、動物の毛嫌いが人間世界でも、ひどく嫌われることや理不尽に嫌われることを「毛嫌い」と言われるようになったと考えられます。
したがって「毛嫌い」というのは、原始的、動物的感覚です。理屈を超えて感覚的に受け容れられないものです。
我家ではカレハがカレエダのヒゲを「毛嫌い」しています。
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カレエダ
: 2012年5月21日(月) 06:57
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2012年5月19日(土)
原始の感覚 1 「鳥肌が立つ」
ヒゲには原始の感覚が残っているのではないかと考えているうちに、いろいろ連想されました。
寒さや恐怖に、鳥肌が立つことがありますね。
寒いときの鳥肌は、毛穴を閉じて少しでも体温を逃がさないための体の反応だと思われますが、もともとは、動物が寒いとき毛を立ててふんわり膨らんで空気をまとって体温を逃がさないようにしますね、あれだと思います。毛を立てるには、毛穴をしっかり締めつけねばなりません。これが、毛を失くした人間にも残っていて、寒いとき鳥肌が立つのではないでしょうか。
怖い時に鳥肌が立つのも、動物が敵に襲われたとき毛を立ててできるだけ自分を大きく見せようとしますね。もともとはあれではないでしょうか。「総毛立つ」とも「身の毛がよだつ」とも言いますが、ほんとうに産毛が立ちますね。これなど原始の感覚そのものではないでしょうか。
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カレエダ
: 2012年5月19日(土) 07:14
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2012年5月17日(木)
ヒゲには原始の感覚が
文芸誌「しらぬい」への寄稿文は今年は「ヒゲ剃らずの弁」にしようと思っています。
2/8〜2/12に掲載した「ヒゲ剃らずの弁」5回分7千字以上を1,700字に縮めようとしたのですが、圧縮するのは無理でした。初めから新しく書きなおした方がよさそうです。材料にするため、ヒゲについて思いつくことを書きとめています。
カレエダのヒゲは、孫は喜びましたがほかの家族には不評です。先日孫が来て「お爺ちゃん、ヒゲ剃らんね」と言いました。母親の差しガネです。
孫に言いました。
「家に帰ったらママに言いなさい。『僕もヒゲを伸ばす!』と」
自然には何も無駄はありません。意味のないものはありません。ヒゲが生えることにも何らかの意味があるはずです。ヒゲには気配を感じるアンテナの働きもあると思います。
長く伸びたヒゲに風を感じます。五月の爽やかさが増幅されます。ヒゲには、現代人が忘れた原始の感覚が残っているようです。ヒゲを撫でると気持ちいい。孫はカレエダの顎ヒゲを撫でて気持ちいいといいます。撫でられる方も気持ちいい。これは原始の感覚です。犬も猫も毛を撫でられると喜びます。顎から首にかけて撫でると、うっとりします。人間も、うっとりするほどではありませんが、とても気持ちいいのです。ヒゲがなければわかりませんが。
2/12のブログで触れていますが、ヒゲは男性ホルモンのなせる業、普通の女には生えない。男の徴。男性機能にかかわる働きも きっとあるはず。早春の草木の芽には性ホルモンが含まれていて、それを食した生き物は発情し春を謳歌する。青葉若葉の風には成長ホルモンが漂っていて、ヒゲはそれを感知する。ヒゲを伸ばすと、心のびのび風が気持ちいいのはそのせいだ。ヒゲを伸ばすと、ワイルドに見えるのも見えるだけではない。原始の心が刺激されているのだ。とカレエダは妄想いたしております。
現代の男たちは、毎朝大切なものを剃り捨てています。
ヒゲの生えない女にはわからない、原始の感覚がヒゲには残っています。ヒゲを剃り落とすのは、勿体ない。
ヒゲを剃るのは、極めて不自然なことです。
カレエダには、日本古来の自然思想が身にしみています。不自然なことはしたくありません。
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カレエダ
: 2012年5月17日(木) 11:10
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2012年5月15日(火)
頑張らない方が
5/14の、しのぶたけさんのコメントに応えて
励ましありがとうございます。
でも、カレエダは頑張らない方がいいと思っています。
体が衰えればそれなりに、視力が落ちればそれに合わせて、あるがままに自然に合わせて生きるのがいいと思っています。決して暗くはありません。後ろ向きでもありません。ごく自然な生き方です。
よく見えない目で見ようと頑張るのではなく、見えない状態を素直に受け容れて、それに合わせて生きるのがいいと思っています。
カレエダは還暦の前の年に老人性黄班変性症にかかり61で引退しました。それ以来、頑張らないことを心がけています。ということは、つい頑張ってしまうからです。それは決していいことではありません。
頑張る方が自然な場合もあります。頑張らない方が自然な場合もあります。どういう場合がそれに当たるかは、エントロピーを考えると分かるのではないかと思って、いろいろ考えたことがあります。二、三年前のことです。原稿を書いたのですが誰も読まないだろうな、ひとはうんざりするだろうな、と思ってブログには載せませんでした。書き崩しが山のようにあります。その中にあると思いますが見つかるかどうかは分かりません。新しく書いた方が速いかも知れません。少なくとも、しのぶたけさんは読んでくださると思うので書いてみます。しのぶたけさんのコメントに触発されて書くことがよくあります。とても有り難いと思っています。
片目が見えなくなったときテニスができなくなりました。残った片目も衰えて活字が見えなくなりつつあります。ブログも怪しくなってきました。でも、まだまだ朗唱はできます。耳も聞こえます。酒も飲めます。(酒が飲めるなんて当たり前だと思う人もいるでしょうが、カレエダの年齢になると酒が飲めない体になっている人はたくさんいます)
年寄りは、できないことは頑張らない。できないことを頑張ると自分自身が情けなくなります。意気消沈します。愚かなことです。できることをできるだけすればいい。と思っています。
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カレエダ
: 2012年5月15日(火) 10:51
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2012年5月14日(月)
松合港見学会
5/12(土) 恒例の「しらぬいの会」現地研修、今年は松合港。
市役所駐車場 9時集合。カレエダは雨読さんの車で送迎していただきました。
参加者12名。いつものように、がねさんも参加。合志のカエルさんも遠路はるばる。カエルさんも毎回参加しておられます。朱判さんは今回は多忙のため不参加でした。
ビジターセンターの田尻靖治さんのご案内で松合の街並みや港を見学。現在、建設会社の資材置き場として使われている、昔の醸造蔵の内部も見せていただきました。
資料館でいただいたパンフレットによると、松合は漁業と醸造・廻船で栄えた町で肥後第一の漁師原と言われ水揚げされた魚は藩用に供されたそうです。さらにパンフレットには次のように記されています。
【松合では江戸元禄のころには豊富で良質の地下水を利用した酒造りが始まっていた。江戸後期には4軒の造酒屋(萬屋・財布屋・阿波屋・新酒屋)が年間約千石生産していた。また、これらの造り酒屋は廻船業や海産物問屋等も手掛けて財を成し松合繁栄の基を築いた。明治になると、地租改正と社会構造の変化に伴って地主層による土地田畑の集積が行われた。松合の地主層も村外各地に小作地を持つようになり、造り酒屋の中には小作地からの納入穀物を原材料とした味噌醤油の醸造業に転換する家も現れ、と同時に新たな醸造家も参入し、味噌醤油醸造は松合の主幹産業として定着する。
明治32年鉄道三角線が開通し、海運の拠点が三角際崎港に移ると共に、松合の廻船業や海産物問屋等は三角に移転するようになる。松合の醸造業は、明治後期から大正・昭和と維持発展してきた。しかし、戦時の物資統制令、および戦後の農地法改正の影響をまともに受け、次第に衰退して現在にいたっている。現在の醸造元は1社。】
永尾神社境内で弁当。青葉の影さす石段に座って歓談。「今日は予定より早く済んだので皆で3分スピーチしましょう」と永田事務局長の提案で、先ず雨読さん。がねさん、合志のカエルさん、と続いてカレエダ。
がねさんがスピーチの中で「しんぷうれん」と言ったので、「じんぷうれん」と声をかけたら、あとは全部「じんぷうれん」と由緒正しく仰いました。ビジターセンターの田尻さんもガイド中に「しんぷうれん」と言われたので、
「『じんぷうれん』と言ってほしいなあ。地元では『じんぷうれん』と言うべきです。熊大の史学科でも『じんぷうれん』と教えとります」
カレエダは松合でも「じんぷうれん」を吹聴して来ました。
カレエダのスピーチは、ヒゲ剃らずの弁。
Kさん(とびきり若い女性)と、がねさん、雨読さん以外は、カレエダのヒゲ面は初めてで、内心怪訝に思っておられる、と思ったので。
カレエダは人の顔がよく見えないまま しゃべりました。人の表情が読めぬまま話すのは、案配が悪いものです。蔵の中を見学したときはカレエダには足もとがよく見えず、まわりの人に気遣っていただき有り難いことでした。でも もう人中に交わるのはそろそろ限界かなと思いました。思い通りにならぬことが多くなりました。
2時解散。酒を飲むには早すぎる。まだ店も開いていない。「今日はやめとこう」ということになりました。
帰ってすぐ寝ました。水、木、金と孫を預かっていましたので疲れがたまっていました。
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カレエダ
: 2012年5月14日(月) 09:05
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2012年5月11日(金)
さぞ うちの嫁は
ある御住職が婦人会に招かれて講話をされた。
あとで婦人会長さんが御住職に言われたそうです。
「さぞ うちの嫁は耳が痛かったでしょう」
自分にも向けられた話とは思っていない。 ここまでが御住職の話。
ここから先はカレエダの感想です。
有能で人の役にもいっぱい立っている、その一方で《自分は絶対正しい。清く正しく美しく生きている》と信じて疑わない人がときどきいます。そういう人ほどたくさん人を傷つけているものです。生きておれば、人は気づかぬうちに人を傷つけています。カレエダなどは、「差し障りのあることばっかり書きよんなるー」と言われるくらいですから、自分の知らぬところでたくさん人を傷つけているに違いありません。黙して語らずが一番無難です。この話も、「役立たずのくせに、お前だって同じじゃないか」と思われそうで、保留していたのですが、「ブログを書けるのもあと少し」と、思い直して掲載しました。
《善人なおもて往生をとぐ。悪人をや》という親鸞上人の言葉は、《自分を善人と思っている人でさえも救われるのだから、自分の悪に気づいている人が救われないはずがない》と解釈することもできるとカレエダは思っています。
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カレエダ
: 2012年5月11日(金) 14:39
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2012年5月8日(火)
山折哲雄 講演会 3 「日本人の仏教は」
以下は、カレエダのメモを整理したものです。
日本人の仏教は、インドの仏教とも中国の仏教ともちがう。インドの仏教は高温乾燥の風土から生まれた。釈迦の教えは乾いている。釈迦の無常観は《万物は絶えず変化している。世界に永遠なるものはない》と言っているだけで、哲学的、客観的、論理的である。感情移入していない。
日本仏教の無常観は、平家物語の「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり・・・・・」が、そうであるように情緒的である。陰々滅滅としている。モンスーン気候的で湿っている。
観音菩薩は、インドでは男性。日本では女性化した。日本人の庶民信仰では、観音菩薩は母親信仰である。
中国では、北の仏教は乾いている。南の仏教は、日本と同じモンスーン気候的である。
比叡山の修業は、論・湿・寒・貧。これに耐え、これと闘うことであった。論は、議論、学問。湿は湿度、寒は寒さ、貧は貧しさ。
日本人の仏教は、日本人の感性で受け止めた仏教。基本にあるのは、仏教以前から日本にある思想、万物生命観。仏教以前の感覚が日本の仏教に影響している。
インドの仏教では人間世界での平等。他の動植物との平等には触れていない。
インドでは、誰でも仏になる(悟りを得る)可能性があると言っている。
中国起源の天台仏教では、一切衆生悉皆成仏、すべての人が仏になれる。と言っている。
それが日本の仏教では、山川草木全てのものが既に仏である。ということになった。
日本人の仏教は、日本人の感性で受け止めたものでありその基本にあるのは日本古来の万物生命観である。
あとがき
対談で伊藤比呂美さんがアニミズムという言葉を使われたとき、山折さんは言われました。
「アニミズムという言葉は、《アニミズム→多神教→一神教》と進化してきたというキリスト教的進化論の中での言葉で、蔑視観が入っているので私は使わない」と。
余談で、山折さんが焼酎のビール割が好きだと言われたら、
「えっ そんなもの飲む人いないでしょう」と伊藤さんがおっしゃいました。
カレエダは夏場はほぼ毎日 焼酎のビール割を飲んでおり、山折さんが同好と知り嬉しく思いました。もう十年以上になりましょうか、久留米の土瓶さん方で御馳走になり、それ以来好きになりました。焼酎に氷をいっぱい入れてビールで割ります。土瓶さん方ではアサヒビールが使われていました。
カレエダの場合、焼酎は癖のない球磨焼酎、紙パックの白岳に、できるだけ安い発泡酒。これが大変うまい。お試しあれ。がねさんもこれを飲んでいるやに聞いております。
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カレエダ
: 2012年5月8日(火) 09:45
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2012年5月5日(土)
貝掘り
5/4(金) ゴールデンウィークの一日、カレエダ、カレハと娘と孫の4人で貝掘りに行きました。五月晴れの、風の心地よい行楽日和でした。大矢野島の天草釣り堀レジャーランドという小島の砂浜。その砂浜の一部に、プール一面くらいの広さを縄で区切って、その中で掘らされる。広い砂浜のその一画だけ人が方形に密集して掘っている。他はがらんと空いている。昔の潮干狩りを知っているカレエダには異様に感じられました。
子どもの頃、毎年潮干狩りに行きました。
広い干潟一面に散らばって、思い思いのところで貝を掘ったり、干潟の穴からシャクを釣ったり、手慣れた人はタコを獲ったりしました。それぞれが貝が潜っていそうな砂地や、シャクが潜んでいそうな穴を探して、掘ったり釣ったりしたものです。才覚のある者はたくさん獲れたし、そうでない者はあまり獲れなかった。しかし、それぞれが自分の才覚を働かせていたので、年々上手にはなったものです。
このごろの貝掘りは、業者が予め貝を撒いているので、みんな同じようにたくさん獲れます。何も知らない、幼い孫たちは大喜びするので、それはそれでいいのですが、何か大切なものが欠けているように思います。どこを掘ってもたくさんいるので、いそうなところを見つける才覚は育たない。ほんとうの狩猟採集本能を刺激してはいないのではないか。これは潮干狩りの疑似体験にすぎない。カレエダが子どもの頃に体験したように、あまり獲れなくても、自然な浜に連れて行きたい。そんな自然な浜が今も存在するのかどうか、漁業権だのなんだのあって、もう昔のような自然な浜や干潟は存在しないのかもしれない。早々に切り上げたカレエダは独り丘の上から眺めていました。
広い砂浜の一画に密集して掘っている人々がカニの群れのように見えました。その中に、孫も娘もカレハもいました。3人とも「今日は楽しかったー」と帰りの車の中で言っていましたので、砂浜を掘って貝を拾うだけでも狩猟採集本能を刺激するものがあるにはあるようです。
あとがき
娘たちが子どもの頃行き慣れた近場の長浜では、入漁料が 1人 1,800円、家族4人で7,200円。浜を管理し高い貝を撒いておくのですから、そのくらい取らないと成り立たないのかもしれませんが、それにしてもちょっと高すぎると思って、カレハがネット検索して入漁料無料の天草釣り堀レジャーランドに行きました。ただ、島に渡る船賃が1人500円かかります。また、掘った貝は1kg当たり600円で買わねばなりません。これは、店で買うのと同じくらいの値段だそうです。4人で6kgちょっと獲れたので3,900円かかりました。船賃も合わせると長浜と大差ないかもしれません。長浜では貝の持ち帰りは自由かもしれません。
荒尾では、入漁料1人1,000円だそうです。貝の買い取り価格も合わせて調べて行った方がいいようです。
それにトイレやシャワーの設備など調べて行った方がいいと思います。レジーランドにはシャワー設備はなく手足を洗う設備も一つしかなく水も不足していました。トイレも簡易トイレが2つしかなく不十分でした。
入漁料だけでなく総合的に調べて行った方がいいと思います。
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カレエダ
: 2012年5月5日(土) 13:34
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2012年5月2日(水)
山折哲雄 講演会 2 陶酔感
山折さんが講演とそのあとの対談で語られた言葉を、カレエダのメモと記憶に従って脈絡もなく書き留めたものです。
近代以降の東北の三大詩人、斎藤茂吉、石川啄木、宮沢賢治には、風土の共通性がある。その風土は盆地的世界である。美しい自然(山川草木)、余所者を受け付けない閉鎖的世界である。
3・11大津波の被災者は自然の猛威に痛めつけられたが、同時に、その自然の美しさに慰められ癒されている。日本の自然の美しさに日本人の可能性が残されている。
賢治は明治29年の三陸大津波の年に生まれ昭和8年の大地震大津波の年に亡くなっている。
山折さんは少年の頃、母親の生家、花巻の浄土真宗のお寺に疎開していた。毎朝お寺の掃除をしそのあと阿弥陀経を読まなければ食事にありつけなかった。
「阿弥陀経は調子がいい。読んでいるうちに浄土に召されている感覚が生じる」と山折さんは言われました。
このことについてカレエダ感想。
お経に限らず名文といわれるものは、声を出して読むことに特別の意味があるように思われます。
声を出して読むことによって呼び覚まされる何かがあるように思います。もともと言葉は音声だったのですから、発声し耳で聴くことが全てでした。脳の指令で発声し耳から脳に戻ることに特別の意味があるのではないか。現代人は、言葉を活字として目から脳に伝えて、音声を省略していることが圧倒的に多い。情感を刺激する何かを眠らせたままにしているのではないか。陶酔感は、声を出し耳で聴くことによって初めて生まれるのではないか。とカレエダは思っています。
続きは次回に。
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カレエダ
: 2012年5月2日(水) 13:42
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2012年5月1日(火)
山折哲雄講演会 「仏教を語る」 1
(熊本学園創立70周年記念講演会)
講演時間1時間では仏教は語れないので焦点を絞られたようで、近代以降の東北の三大詩人、宮沢賢治、斎藤茂吉、石川啄木、これら三人の人物およびその作品と、仏教のかかわりについて話されました。
山折哲雄さんは、母親が宮沢賢治と同じ花巻の出身で母親の生家は浄土真宗西本願寺派の末寺で、山折さんは少年のころその寺に疎開していた。宮沢賢治の生家は150mくらいの所にあった。賢治自身はキリスト教や仏教他宗派を遍歴した末に、熱心な日蓮宗信者になったが、賢治の生家は,浄土真宗の門徒であった。
斎藤茂吉の第一詩集「赤光」は、阿弥陀経の「赤色赤光」である。落日の色であり、無常観、浄土への憧れを思わせる。童謡の「夕焼け小焼け」や映画などに夕焼けが取り入れられているのは、これに通じるものではないか。山田洋二監督は、「寅さん」には必ず夕陽を入れたとか。
(そういえば最近ヒットした映画に「三丁目の夕陽」というのもありましたね。夕陽に懐かしさを感じます。その背後に無常観や浄土への憧れがあったとは、カレエダは知りませんでした)
石川啄木も住職の子として生まれている。
不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸われし十五の心 啄木
この啄木の歌は、
吉野山 花の梢を見あぐれば
心は意にそわぬなりけり 西行
と同じ心身分離の感覚である。
(賢治の「雨ニモマケズ」の中に「南ニ死ニソウナ人アレバ行ッテ 怖ガラナクテモイイト言ヒ」とあるのは、賢治に臨死体験があったからではないかとカレエダは思っています。普通なら「大丈夫、大したことはない。頑張れ」などと言います。死にそうな人に「怖がらなくてもいい」と言うのは死を受け入れています。《死ぬのは悪くない。とても気持ちいいことなのだ》ということを知っている人の言葉だと思います。賢治の「銀河鉄道」も浮遊体験を思わせます。臨死体験者である山折さんに聞いてみたらよかったと、今頃になって思っています。カレエダの頭は切れかかった蛍光灯のようになっているので思いつきが遅いのです。次に機会があれば聞いてみたいと思っています)
山折さんは、さらに言われました。
宮沢賢治の詩や童話のキーワードは、風ではないか。
賢治の詩「永訣の朝」で、
風が吹いて雲が湧き、亡き妹トシが立つ。
生きているものの魂と死者の魂を結びつけてくれるもの、それが風なのではないか。この世とあの世を結びつけるもの、それが賢治にとって風なのではないのか。
(続きは次回に)
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カレエダ
: 2012年5月1日(火) 16:37
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