2011年8月18日(木)
【朝のメッセージ】ポエムやボヤキの水準のクソ投稿と成りすまし君
昨夜は深夜も深夜という事で、ご紹介程度の内容になったが、成りすまし君の文章を改めて読んでみると、昨日ご紹介の
「どうしようもないポエムとか、新聞読者投稿欄レベルのボヤキ」
の行(くだり)の数行後にもこうあった。
「ポエムやボヤキの水準のクソ投稿」
成りすまし君の「長文」はコメント番号100と106にある。今となっては極めて重要な証拠が残されたと見る事ができる。管理人の生の声と見て間違いない。
管理人は成りすまし君とは別人ならそうと明言すべきだ。「公人」としての深刻な疑惑が浮上している。疑惑の払拭は緊急を要する筈だが。図星であれば沈黙しかないだろう。
何故管理人は安易に証拠を残したのか? 今なら決してしない筈だ。
疑惑が勃発したのは、七転氏の8月3日午後6時8分のコメント投稿による。
管理人が「我ら地球人」氏の0処分に証拠を残したのは、同日午後6時43分。
「単なるボヤキやポエムや思いつきの雑文」
疑惑発覚から35分後だ。管理人はまだ気づいていなかったのだ。
コメント欄でも最初の反応は53分後だ。七転氏が疑惑を提示した時は管理人は「我ら地球人」氏への0処分作成の最中であったと考えられる。見ていなかったのだ。
管理人は疑惑の目が向けられている事に全く気づかすに、無防備状態で言葉の証拠を残した事になる。これが1日経過した後であったなら、気づいて言葉の証拠に敏感になった筈である。ちょっとした時間差が証拠保全に役立った。管理人が自分の掲示板に証拠を残したのだから、何ともお粗末、笑える悲劇という所だろうか。
業者系ネット人である阿修羅管理人はブログを軽侮している。ゴミブログ(コメント番号100)とかクズブログ(同番号86)という表現で見下しの思いを爆発させている。成りすまし君の言葉だが。
ブログは正に国民一般の声をネット上に出現させた歴史的革命的ツールと言って良い。ツイッターは簡易ブログ、ミニブログとか言われる。これも爆発的に広がった。管理人(成りすまし君)は「無内容のつぶやきやら、つぶやきブログ」という言い方で軽侮の念を表している。
管理人は阿修羅という掲示板が時と共に変質してきたと危機感を募らせていた。その最大の原因がゴミブログ、クズブログの大量コピペであったと見ていた。無内容のつぶやき的なボヤキやポエムをクソ投稿する為に、本当に有意な情報が隠されてしまって、阿修羅は読む価値の無いゴミの山になった、と管理人(成りすまし君)は言う。
七転氏を排除する意思を持っていた事が、コメント番号86に露骨に示されている。
「阿修羅はいつの間にか、クズブログの宣伝カタログ、スパム広告に成り果てました。ブログの宣伝のために阿修羅を乱用しないでほしい! それを続けている七転八起は、投稿の資格なしだと思いますよ。スパム屋は2ちゃんとかYahooに行け!」
これが86で、一夜明け、87で早朝管理人が登場して、
「いろいろコメントが付いています。必要があれば、七転八起さんのコメントをどうぞ。」
これは、七転氏が投稿数を3から7に増やすようにお願いしたほぼ一日後の事で、管理人はそんな要望を出せる状況ですか?と余裕を持った表れであった。
投稿数アップの危機に瀕して自作自演、一味と共に逆転劇を演じた後のいやらしい余裕の態度だったのだ。
管理人は七転氏を追い込む為に自作自演を3度かましていた。本当に重大な決意で臨んでいたのだ。思わぬ証拠を残すのも当然ではないか。
管理人(成りすまし君)の物の考え方は、完全に業者系ネット人のものである。2ちゃんなどは投稿者本位で運営しているようだが、高級化を目指した業者系ネット人は管理者本位に徹したのだ。それで、国民的ツールのブログを徹底軽侮した。
高級化がブログ排除の方に行った。考え方としてだが。実際ブログを大量排除していたら、掲示板として成り立たない。管理人は影響力の大きい七転氏に狙いを定めたのだ。少なくとも今の秩序は守りたいと危機感を募らせたのだ。
管理人一味の七転氏への憎悪にも驚かされる。他の大量投稿者たちと同じではないか。影響力が大きかった為に憎悪されたのだ。国民主導のネット言論というものに完全に背を向けた管理人及び一味であった。
ネット言論の基盤はブログにあるのだ。一般国民の声こそ最も重要な声なのだ。それを、ゴミブログ、クズブログと罵倒した管理人(成りすまし君)は、ネット言論失格者である。
管理人の投稿者たちへの0処分の背景がよく見えてくるではないか。国民一般の声を侮蔑していたのだ。新聞の読者投稿欄レベルのボヤキという表現にもよく出ている。新聞の声の欄に載るのも大変だぞ。それを知らず、初めから侮蔑している。
管理人は深刻な問題を抱えている
(今日はほぼ終日パソコンです)

