キンクロハジロがお尻をツンツン突き出し、水中の水草?をついばんでいました。承水路の浅場での光景でしたが、本当にツンツンなんですね。(上の写真はウィキから)
よく観察すると、こんな光景は珍しいかもしれません。水深があるところだと、完全に潜って餌を採るんですよね。
ウィキで見ると、雑食性となっています。水の中に首を突っ込んでいる、その目的は水草なのか、、、まあ、そんなことはともかく、水鳥と浅場、そんな関係性を改めて考える機会となり、宍道湖にしても中海にしても豊かな汽水域を持つ両湖に恵まれた我々は恵まれているよなあと。
目白の変死 友人が、「床木山の路上で目白一羽変死す。野生が路上で屍をさらして居るのは初めて也??」と添付の写真を送ってきました。
僕も、野鳥の死骸、車と衝突したらしいと思うのはたびたび目撃しますが、路上で普通に死んだのではないかと思えるのは、記憶にありません。鳥インフルのこともあるので、念のため東部農林振興センターに一報をとお願いしました。
でも、野生ってどこで死ぬんでしょうね。犬猫も含めて、自然死らしい姿はほとんど見かけたことがありません。この友人は、人目につかないところでヒソヤカニ全うするんだろう、自分もそうありたいと返事を返してきました。
僕も、ヒソヤカニ全うしたいと思い葬式はしないつもりでおり、家族にもそのようにお願いしています。
それにしても、鳥の死がこんなに騒動になる。不思議な気がします。野生の集団死ってあるんでしょうか。鳥インフルエンザに感染した鳥は、どこかの山の奥でいっぱい固まって死ぬんでしょうか?
食と農の分離政策 そういえば、ある人とゲージの中で飼われている鶏について話した際、採卵の鶏はまだいい、ブロイラーの鶏は、薄暗いところでひたすら餌を与えられ、50日でぶら下げられて首を切られ、スチームを当てられて羽を抜かれるのだと。この肉を食べさせていただいているんですよね、我々は。
BSEや口蹄疫、この鳥インフルエンザも野生ではどういう姿なのでしょうか。抗生物質を与えられる家畜の世界にも多剤耐性菌は生まれているんでしょうね。また、精神安定剤まで投与されるような家畜の世界に、もっと深刻な脅威が発生しないだろうかと、、、これは杞憂なんでしょうか。
中島紀一氏は、戦後の食と農の徹底した分離政策に警告を発しています。食と農はもっと近くなければならないように思います。しかし、条件のいい八束町にさえ広がっている耕作放棄地を身ながら、その道筋は簡単ではないなあと思いました。