すぐに融けましたが、松江では午前中雪が積もりました。
そんな中、我が家では恒例の餅つき、と言っても臼でつくわけではなく、電動餅つき機(餅こね機?)の力を借ります。写真は、出来立てを食べているところですが、美味しいですね(^^ よくわかりませんが、きっと臼でついた餅はもっと美味しいんでしょうね。
破格の値段で古民家を手に入れた弟は、杵と臼でついたようです。来年は、一緒にやれると良いなあ。
そんな餅つき作業を横目に、白い目を向けられながらこの時期に出す議会だよりなどの作業。名刺をファイリングして宛名印刷の準備です。明日一日かかりそうです。
不耕起・冬季湛水農法 さて、先日上京の折、何冊か本を買い求めました。合間に読み終えた岩澤信夫著「生きもの豊な自然耕」は、環境循環型農業に関する本の中の一冊。
不耕起・冬季湛水農法、初めて聞く言葉でしたが、読んでみるととても理に適っていると思える農法です。勿論、無農薬無肥料。それでいて、慣行農法よりも収量が多いのだと。1932年生れの著者は稲づくり40年、ひたすら高みを目指して取組んできた結果がこの農法。
稲刈りが終わると、田んぼに水を張り、田んぼは自然界の生きものに任せる。そして、その田んぼに強い苗を育てて移植栽培する。植物性や動物性のプランクトン、イトミミズやユスリカ、さまざまな昆虫、両生類、鳥たちの力によって豊な豊な圃場が生まれるのだそうです。
本物の農業 さて、氏は、将来のエネルギー枯渇の時代の農業や子や孫たちをとても心配しています。その時には、エネルギー多消費型の慣行農法は全部倒産してしまい、国民みなが農業にタッチするような時代になるだろうと予測をしています。
そして、文明は自然を押さえ込むことで発展してきたが、自然に立ち向かうだけでは農業は勝てるわけがない。自然と折り合いをつけるのが本物の農業だと書いています。
無限の可能性 また、農業は何も完成したものがない。ハイテクの技術も入っていない。未開の産業だと。しかも矛盾だらけ。だから、無限の可能性を秘めていると。自然農法や不耕起・冬季湛水農法(これも自然農法だと思いますが)もその挑戦の歴史は浅い。本当に無限の可能性を秘めているかもしれません。
氏は、有限の人生を歩んでいると知るのが遅すぎたと書いていますが、そんなことを言うと僕らはどうなるのか?今からでも農業は間に合うでしょうか(^^;
エネルギーの未来は? もう一冊、「エネルギーの未来」を先日読み終えました。エネルギー問題について本当はどうなのか、自分なりの見方を持ちたいと思ってのことです。
エネルギー関係では、最初にディヴィッド・ストローン著「地球最後のオイルショック」は、相当ショッキングな内容で、続いて読んだのが石井吉徳著「石油ピークが来た」でしたが、この2冊はエネルギーの未来に相当悲観的な視点で書かれていました。
エネルギーの未来は、世界を相手にエネルギー問題のコンサルを行う会社の手によるもので、2冊の本とは反対の視点で書かれているのではと思って読みましたが、可能性はあるものの、全く楽観視はできない状況に直面していると捉えるべきだろうというのが感想です。
こうした資料でエネルギーの未来について考えてみると、岩澤信夫氏などが挑戦する農法は、とても説得力があるように思います。
島根の冬季湛水田 そうそう、冬季湛水は県内でもあちこち取り組まれています。安来市の宇賀荘や松江市の西浜佐陀町の白鳥の来る田んぼは有名ですね。
冬、田んぼに水を張ると雑草を抑える効果もあるんですね。だから除草剤が少なくて済む。 最初は、白鳥のためではなく、白鳥が冬季湛水の田んぼを発見して来るようになったんでしょうね。
ただ、県内には不耕起での実践はないと聞きました。不耕起移植栽培だと田植え機が違うようですし、農業者にとっては(も?)、今まで実践してきた手法を変える、価値観を変えるのは容易ではないようです。
不耕起・冬季湛水農法が島根でも広がらないものでしょうか。氏か関係者においでいただき、勉強会ができないだろうかと考えています。