先日、「通貨を劣化させる」というブログを書きました。その後、会う人ごとといってもいいほどに、この話を話題にしています。
先日の笠岡ツアーでも、飯南町でも、山口代表にも斉藤政調会長にもしました。したからどうなるわけではありませんが、それほど自分の中ではインパクトのあることでした。
面白いなあと思ったのは、飯南町に同行した早稲田大学の女子学生が、地域通貨に興味があり昨年いろいろ調べた。その中の一冊に、1929年の世界大恐慌後のオーストリアのヴェルグルという町での話が出ていたと教えてくれ、資料をメールで送ってくれました。
今日は、今年二人目の島大インターン生の3日目ですが、彼も減価する貨幣制度に強い興味を持った様子です。その彼と控え室で顔つき合わせながら、彼女のメールを元に、ネットであれこれ検索、さまざま意見交換しました。
そうした中から、ミヒャエル・エンデの「根源からお金を問うこと」や、彼女の紹介してくれた廣田裕之著「地域通貨入門―持続可能な社会を目指して―」、佐藤忠吉さんが紹介してくださった渡辺京二著「逝きし世の面影」を注文しました。
あれこれ検索中にとてもわかりやすいサイトに出会いました。サイト全部は大部ですので僕にはその中の肝心な部分と思われた「未来の経済システム」にリンクを張っておきます。
ここでのホシは、利が利を生む利子貨幣制度から貨幣価値が減価する自由貨幣制度への転換を説きながら、併存は可能としている点です。
利子貨幣制度、仮に、借入金に3%の利息がつくとすれば、3%の経済成長が続かなければ、全体として破綻してしまう。また、投機マネーが新たなお金を生む。だから、世界の実体経済としては、GDPが3,000兆円、しかし、世界の貨幣は30,000兆円に上ると。
お金がお金を生み、実態のないマネーに我々は支配されている。毎年3%の利息がつき続けて資本主義経済が永遠に続くのか?そんなことが続く筈がない?
100円を100年、3%の福利で運用し続けると一体幾らになるのか、1.03の100乗かける100円。誰か計算できませんか?