寒いですね。外は雪が吹き付けています。凄い天気になりました。
昼過ぎ、やっと年賀状を投函、昨年、喪中欠礼で名刺整理と住所録の更新を怠っていました。そのつけ払いがこの年末いちどきに。
ほぼ整理が終わったとはいえ、PCには取り込んだものの、まだデータ化していない名刺が800枚以上もあります。一方、データ化したもの430枚ほど。だいたい見たつもりですが、大切なお名前がまだ埋もれているんですよね。きっと。
弟が昼過ぎやってきて、お客さんへの年賀状は終わったが、プライベートの年賀状はこれからだと言っていました。弟も、仕事が忙しくて、と母に言い訳していましたが、こんなところは兄弟でよく似るものです(^^;;
戦後みたい 今、姜尚中の「在日」を読んでいます。昨夜も遅くなってからでしたが、少し読み進みました。その中に、とても印象的な一文がありました。
私を慰めてくれるのは、父母やおじさんたちが示してくれた、逆境に対するずばぬけて「人間的な」生き様である。その意味で「朝鮮(半島)は多くのものを獲得し、また多くを失」ったが、同時にそこには「逆境に対する人間の勝利の注目すべき物語」(ブルース・カミングス)があったのだ。
昨日のブログで、我が子で稼ぐ親のことや里親のことにふれました。それに「きんぽんさん」という方が書き込みをくれました。「我が家には、母子家庭の子ども達が毎日、やって来ます♪ もちろん、今日も朝から晩までいます! 大晦日なのに・・。 昼ごはんが無い子ども。 我が家で食べています」とあります。続けて「物資は足りていても、戦後みたいですね・・」とありました。
それで、前述の一文を思い起こしたのです。
現代と違う? 「逆境に対する人間の勝利の注目すべき物語」、というのは現代ではどうなのか。なぜあの逆境下で「人間的な」生き様ができたのか?現代と違うのか違わないのか?
僕は、違うように思えてなりません。でも、逆境は人を育てるはずなのに、なぜ違うのか?なぜ逆境がばねにならないのか?豊かな消費生活に慣れきってしまったせいなのか?豊かさは人間の敵なのか?
三毒追放そして「感謝」 僕は、「感謝」というのが一つのキーワードだと思っていますが、極限の逆境下で「感謝」の心があったのか?なかったとすれば、それに変わるものは何だったのか?
やはりあったのでしょうね。祖先への感謝や祖国を恋焦がれる思いなど、、、だから極限の状態でもコミュニティが子どもたちを大事にした。
今年の3月、勝間和代さんの講演で「三毒追放の勧め」の話がありました。曰く、仏教の「三毒」追放を実践する〜妬まない、怒らない、愚痴らない。そしてGiveの5乗〜与えて・与えて・与えまくる。
この時も結局「感謝」ですね、と書いていました。生命がどんどん小さくなる貪り・怒り・愚かの三毒と言い、六道輪廻と言い、結局自分が中心。外の世界に目を向け、生命を開いていくところに「感謝」が生まれ、「希望」が生まれるのですよね。
社会が豊かになり、モノが溢れるようになるとモノへの執着が生まれ、外の世界に目が向かないのかもしれません。やはり「明るいビンボー」を目指したいものです。
ステキな2010年に 本当に厳しい時代です。こんな時代だからこそ、どんなことにも「感謝」し、他人には与えて・与えて・与えまくる、そんな生き様によって、世間を明るくして行きたいものです。ステキな2010年にしましょう(^^