昨日に続き、奥出雲方面に上がってきました。杉の木や松の木、更には竹や雑木まで無残な姿が目立ちます。
今年の雪は、湿気が多く、重かったのではないかと思います。しかし、3年前になりますでしょうか、大雪と冷え込みで家屋やビニールハウスなどを中心に大きな農業被害が出た時よりも、立木への被害は大きいように思えます。
農業被害は、あの時よりもかなり低いようですので、自然というのは人智で計りがたいものだと思います。
自然に対する畏敬の念を、失ってしまいそうになっている人間への警告かもしれません。
死なないでください
ちょっとドキッとする、柴田久美子さんの本の題名です。この本を読むと、何故彼女があそこまでこだわれるのか、また、死の文化の継承をと言い続けている背景と意味が良くわかるように思います。
恐らく、行間に込められたさまざまな思いや葛藤があった筈だ、と思わずにはいられないのですが、よくもこのような家族に恵まれ、このように考え、実践できたものだと思います。
農家育ちと家族との絆 彼女の生まれた家は農家で、子どもの頃もよく農業の手伝いをしたと書いていますし、両親が朝早くから夜遅くまで農作業をしていて、中学生まで一緒の布団に寝るくらいのお祖父ちゃん子だったようです。
我が家も、実は農業で、父母は夜明けから日が沈むまで野良仕事、夜遅くまで出荷作業に追われていたことを覚えています。ですから、僕もおばあちゃん子でした。そのおばあちゃんは早くに病院で亡くなりました。
その後、おじいちゃんの夜なべ仕事の隣で、日露戦争時の海軍での体験話を何回も何回も聞いた記憶があります。小学校6年の時、そのおじいちゃんがお風呂で倒れ、亡くなりました。
父からは、その後姿で人生を学んだと思っていますが、彼女が本に書いているような、命に刻まれた言葉という印象は、残念ながらほとんどありません。もっとも、父母が本当に苦労して農業という家業に頑張り抜いたことに畏敬の思いを持っています。
しかし、男だから?ということではないと思いますが、僕には彼女のような家族との濃密な想い出が少ないように思います。
看取り経験 父は、僕が34歳の時、無理を押して親戚の葬儀に参列し、そのまま入院、東京で帰らぬ人となりました。
振り返ってみると、僕には、彼女の書いているような看取りを経験したことがありません。それも原因の一つであったと思いますが、妹の死を前にただ佇むしかなかったことが悔やまれてなりません。
妹の死に顔は、それはそれは素晴らしい相でした。死という砌、そこに立会い、手を握り、体を抱いてやることができたならば、僕は、多くのものを彼女から得ることができたのではないか、今、柴田さんの本を読み、そのことを振り返るとそう思うのです。
死への距離感 柴田さんが看取った皆さんは、それぞれに「幸せな最後」だったと書いています。死は怖いものではありません。そのことは頭ではわかっているつもりですが、死に対する距離感がありました。
死に対する距離感をなくすためには、小さな子どもも含めた家族での看取りが必要です。人の尊厳を取り戻す一歩が、死を実体験として受け入れることであり、そのために、病院でチューブに繋がれて寂しく死ぬ、という以外の選択肢を堂々と求めることのできる環境づくりが、島根だからこそ必要と思える一書でした。
また、僕にとっての珠玉のような一書ができたようです。