領土、その悩ましきもの
2月22日、条例制定から3回目の竹島の日。朝から、大橋川を渡る前後から、ものものしい雰囲気、警戒体制。
その中で「竹島の日」記念式典、竹島・北方領土返還要求運動県民大会が開催されました。
今回の目玉は、元外務省欧亜局長兵藤長雄氏の講演。演題は「変化するプーチンのロシアと北方領土、日本が抱える領土問題、竹島との関連」。
非常に明快な論理で、時間配分も見事。頭の切れ味が我々凡人とは全く違うということをまざまざと。
領土問題とは、当事者国間のことだけではなく、様々な要素(ここでは特に中露関係が大きな要素)が絡み合いながら、行きつ戻りつする。そして、国内世論も非常に大きな要素だということがとてもよくわかりました。
特に興味深かったのは、領土問題の本質論とゴルバチョフ時代とエリツィン時代のチャンスの話。
あれをもっと突っ込んで、何故そこで解決までのレールを敷けなかったのか、その原因は時代の流れに追いつけなかったということか、それとも政治家や外交官に力量がなかったのか、聞きたかったのですが。
論理的でしたが、私は、領土問題の本質論と、国家の尊厳論は少し違うと感じています。自分で整理しているその理由ですが、ひょっとしたら、自分が大乗仏教者だからかもしれません。
もう一人、おなじみの拓殖大学下条教授の講演。
残念ながら、話がわかり辛かったです。新聞などを読んでいるから、欝陵島と竹嶼の話はある程度推量できますが、難しかった。
それと、島大の内藤正中名誉教授との論争、意地と意地の張り合いのようで、日本人的感覚からいうとこれも辛い。
論理性から言うと、やっぱり下條さんに郡配上がるよなという感じ。学者の面子で、いまさら真正面からやれないということなのでしょうか。
誰も寄こさない外務省も如何かと思いますが、国会議員や外務省を無能呼ばわり(あくまで、私の受けた印象、何もしなかったと仰いました)、挙句に、講演会の場に地元の国会議員と秘書たちが誰も残っていないのはその証拠だと。竹島問題の対応はそうかもしれませんが、そこまで尖がってしまうと、いよいよ隘路がなくなるとも思います。
ガスハイブレードや、排他的経済水域の線引き問題などを考えると難しいですね。完全フリーズできれば、事は簡単ですが。
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