2011年5月20日(金)
岩手の避難所で
震災地の支援で岩手県・大船渡市へ行ってきました。中学校に設けられた避難所の運営のお手伝いです。(写真は体育館に設けられたシェルターで生活していた。)地震から二ヶ月が過ぎ、海岸沿いは道路こそ確保されていましたが、他はがれきの山。重機がフル稼働で撤去作業が行われていました。私の伺った避難所は地元の自治会が運営しており、約140名の被災者の方々が清掃、給食などを数班に分けて老いも若きも男女も関係なく当番でこなす秩序だった運営が行われていました。しかし、そんなところにも何の担務をすることもなく無為に時間を過ごす輩はいるんです。そんな輩が時に秩序と和を乱す訳で、それがとても残念だった。大船渡からの帰りの列車で読んだ週刊誌に曽野綾子氏が「人は、いつでも生活に関与していなければ偏頗な暮らしになる。・・・その人が受けもするが与えることもする暮らしこそ、日常的であり健康的であり、人としての威厳に満ちている。」とコラムに書いていた。当にその通りだ。「受けもし、与えもする」避難所だけに当てはまるものではない。人が生きるということは、こういうことなんだろう。


